大川村は太平洋にそそぐ北上川の河口にあります。大川という名も、広いところでは1キロ近くもある北上川に由来するものでしょう。

 岩手県北部を源流とする北上川は、もともと石巻湾に直線的にそそいでいましたが、度重なる洪水から流域を守るために、支流である追波川に大半を分流する工事が行われ、今は追波川が北上川の本流河口になっています。
追波川はオッパ川と読みます。
 工事は明治44年に登米地域で開削がはじまり、完成したのは昭和9年という大工事でした。

 
   
追波川(新北上川)の河口にあり、位置的には仙台と気仙沼の中間あたりリアス式海岸の南端です。

 追波川という名称が、いつ新北上川に変わったのかは知りませんが、昭和30年代のことでしょうか。
 追波湾、追波川の名の由来は、伊達正宗が河口の舘崎の丘から海を眺めて、こう詠んだことによるといわれます。

   舘崎にのぼりて見れば朝日さし あやによせくる追波の浜

 「舘崎」というのがどこかわかりませんが、文献が残っているというし、たしかに正宗は針岡や尾の崎で鹿狩りを楽しんだりしていますから、ほんとうのことかもしれません。


 下の地図は大川村の集落図です。白い部分が田んぼや畑の平らな耕作地で、黒い点の人家は山際と追波川沿いの大きな堤防を背にしています。
 今度の津波では、この白い部分のほとんどが飲み込まれました。


 集落は左から福地(ふくち)、横川(よこかわ)、針岡(はりおか=谷地ヤチ、追舘オッタテ、浦ウラ、原ハラ、鳥屋森トリヤモリ、芦早アシハヤ、間垣マガキなどを含む)、釜谷(かまや=入釜谷イリカマヤ、入谷地イリヤチを含む)、長面(ながつら)、尾崎(おのさき)がある。
 行政的な区分はどうか知らないが、子どものころは谷地は針岡だし間垣は釜谷だと思っていた。



 大川村は今から122年前、明治政府の市町村制施行にともない、それまでの福地村、針岡村、釜谷浜、長面浜、尾崎浜が合併して成立しました。1889(明治22)年のことです。
 今まで気がつきませんでしたが、釜谷も釜谷浜といって海岸だったそうで、各地に浦、芦、谷地といった海岸や河岸を思わせる地名が多いのは不思議ではないようです。

 時代の流れによる変遷はありますが、それぞれの集落ではそれぞれ特色ある営みがつづけられてきました。

 海に近い尾崎と長面は、昔は漁業も盛んな半農半漁、今は広大な平地のお米や特殊な形の長面浦の特別においしい牡蠣が有名です。ただ、長面、尾崎は津波の大被害と地盤沈下で将来が危惧されています。
 
 釜谷は村の行政・文化の中心で、隣の雄勝町への中継地でもありました。川向こうへの橋は当時はなく、渡し船を ほーほーと呼んで川を渡りました。村の中心であるため大川小学校の悲劇が起こり、集落も一戸も残らない状態でした。

 針岡は大きな富士沼が村一帯の農業用水となっており、肥沃な農地の活用と淡水魚の養殖も盛んです。今回の津波では富士沼が海水になってしまって将来が懸念されています。

 追波川の堤防際にある横川は、人家の被害は奇跡的にありませんでした。福地も山あいなので、津波の被害は多くはありませんでした。横川・福地は昔はこの地域の中心で、追波川を利用した海運業で栄えた町です。



大川村ができてから66年後の1955(昭和30)年3月、大川村は近隣の二俣村、大谷地村、飯野川町と合併して河北町になりました。

 管理人は河北町立の大川中を卒業したことになっていますが、少年時代の記憶にあるのは、やはり大川村です。
 河北町民としての思い出は、せいぜい飯野川で開かれた中学対抗試合ぐらいでしょうか。
 ですから河北町といわれても、土地勘のあるところはほとんどないのですが、大川村なら、尾崎から福地まで自分の庭のように知っています。

 その河北町も2005(平成17)年、石巻市と合併して消滅しました。
 石巻市、桃生町、河南町、北上町、雄勝町、牡鹿町、それに河北町が合併したのです。

 左の地図の緑で囲んだところが現在の石巻市です。ピンクの斜線が旧大川村で、石巻市の広大さがわかります。
 この大型合併にどんな意味があったのかわかりませんが、原発のある女川町だけが飛び地のように独立しているところから、地域財政の効率化が主な目的だったのでしょう。

 リアス式海岸の入り組んだ地形に散在するたくさんの集落。その隅々まで行政の目が届く算段があったのでしょうか。
 長面や尾崎をはじめ、海岸の集落に救助が入ったのは何日も後でした。雄勝町や牡鹿もさらに遅く、大川小学校の大惨事でさえ、実態が明らかになるには何日もかかっています。
 あの混乱の中で、すべてを迅速にというのは無理だけれども、それにしても石巻市は広すぎるのではないでしょうか。
 平成の大合併を見直して、再度分割すべき時に来ているのではないか。などと遠くにいる私たちは思ってしまいます。



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