「パラパラ」は、電子ブックのパラパラめくる感じとパラパラしかない手元の資料という意味です。
分厚い書籍の収録は難しいですが、大川・河北地区に関する各種資料や冊子がございましたらお寄せください。
(以下、いずれも左の表紙をクリックしていただくとパラパラ本にジャンプします)


 写真集『東日本大震災 直後の針岡の風景』佐藤孝一君のポケットアルバム
   
 震災の数か月後だったと思いますが、新聞各紙の大川関連の記事を集めたスクラップブックと自身が撮影した富士沼周辺のポケットアルバムが送られてきました。昨年夏、それらを見返して改めて激しいショックを受けました。
新聞記事の再掲は著作権の関係で無理なので、佐藤君のオリジナル写真を収録させていただきます。今年も台風で冠水するなど、大きな被害があったそうですが、津波の被害からはようやく集落も田畑も復興しています。
 しかし、当時のことを風化させないためにももう一度実情をご覧いただければと思います。手間を惜しんでアルバムのままスキャンしたので、きれいな仕上がりになりませんでした。すみません。

 
  ●『41年前の追波川』2題  近藤孝悦氏の41年前のエッセー 2017.5.2up
 昭和51(1976)年、漁船の無線局長だった近藤氏が、石巻港ほかに寄港した際、『石巻日日新聞』に寄稿した故郷の思いなどを綴ったエッセーです。新聞の切り抜きはもっとたくさんあったそうですが、ほとんどは津波に濡れて判読できなくなり、ここに収めた「追波川周辺の春」「新北上大橋完成」の2編だけが奇跡的に残ったそうです。
 文章は現在書かれたものではなく、41年も前のものですが、「船上で書きなぐった」という故郷への思いは、当時も今も、何年たっても変わらないものだなあと感じさせられました。

  ●『釜谷浜の歴史を探る』河北町・河北町民文化祭実行委員会 平成15年発行 2016.10.2up
   「2003・フェスティバル・イン・かほく町民文化祭・特別企画展」という冠のついた24ページの冊子で、釜谷の歴史や特色がコンパクトにわかりやすくまとめられています。以前「昔語りすっぺが」(こちら)にページをバラバラに紹介したことがありますが、パラパラ頁をめくる方が見やすそうなので、再掲載いたします。
 原本がなかなかなかったのですが、仙台のHT君の長姉が所持しているとのことで、全頁のコピーを送っていただきました。ありがとうございました。普通紙の両面コピーだったので、あまりきれいなパラパラ本ににできませんでしたが、どうぞご覧ください。
  ●『長面浜、尾の崎浜の歴史を探る』河北町・河北町民文化祭実行委員会 8年発行 2016.8.21up
   「'96フェスティバル・イン・かほく町民文化祭・特別企画展」という冠のついた20ページの冊子で、長面、尾の崎の歴史や特色がコンパクトにわかりやすくまとめられています。以前「昔語りすっぺが」(こちら)にページをバラバラに紹介したことがありますが、パラパラ頁をめくる方が見やすそうなので、再掲載いたします。※18頁がダブっていますが、ゆがみのあるページは飛ばしてご覧ください。
 発行は平成8年11月で、たぶん長面、尾の崎の全戸に配布されたと思いますが、震災で現存数は少なくなっているようです。それにしても津波前に良い記録を残していただいたと感謝です。
 ●長面の塩田の沿革など『大日本塩業全書 第二編』大蔵省鹽務局 明治40年出版から 2016.8.21up
   ここに掲載する本文は、父上(伊藤国雄氏)が戦後に長面の塩田経営に携わっていた関係で、長面の塩田に強い関心を持っているFSさん(国立市・長面)が「塩の博物館」はじめ全国の図書館などをあたって発掘した『大日本鹽業全書』から、長面、尾ノ崎の塩田に関連する部分を抽出・整理されたものです。
「尾ノ崎塩田ハ源蔵ナルモノ之ヲ開墾シタルヲ以テ源蔵囲ト称セリ」など貴重な内容があり、旧仮名の文章をパソコンで打つのは大変な作業ですが、FSさんは労を惜しまず整理に当たり、今後も資料の調査をすすめるとおっしゃっています。
 ※本文P5の最終行に「阿部勇吉」とあるのは、正しくは「阿部雄吉」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。(2018.4.4)
 ●『長面濱村の濫觴(はじまり記』河北町長面 洞雲山 龍谷院二九世 大龍文雄 著  2016.8.21up
   この冊子も以前、「昔語りすっぺが」に詳しく紹介したもの(こちら=本文部分は読みやすく清書してあります)ですが、龍谷院の先代文雄和尚さんの熱意が伝わってくる手作り感満点の資料なので、パラパラ本のほうが感じが出ると思い再録しました。特に長面やお寺が蛇沼周辺あったことを思わせる文雄師の調査地図は興味深いものがあります。
 明治の初め国家事業として『皇国地誌』という郡村誌編纂事業が計画されましたが資料のほとんどは関東大震災で焼失、全国的に見ても残存資料はごく僅かとのことです。その「長面濱」についての文書が龍谷院に残っており、それを書写して解説を加えたものがこの冊子です。冊子の末尾に尾崎の伝説も綴じられており、それも一緒にUPしました。
 この冊子は大川中学が閉校する際、職員のSTさんが処分品の中から見つけて送ってくれたものですが、龍谷院でもすべて流されて残部はないということです。
 ●『大川地区 昭和の昔がたり』板垣優喜 著 2016..4.15up 
   板垣氏は大川地区・谷地の生まれで、昭和18年7月東京陸軍少年飛行学校入学した昭和一ケタ世代。昭和30年代ごろまでに見聞きした大川地区の様々な事柄29編が暖かい筆致でつづられています。
 「あとがき」で奥さまの板垣しげ子さんは「昔の村のたたずまいや人情、やさしく、ゆかしく、また何となく物悲しかった昔の生活がよみがえってきます。そのような作品をとり出して昭和の昔がたりとしてまとめてみました。地域の人々にお読みいただければ幸いと思います」と書かれています。
 挿絵は石高21回の同期生・玉井豊氏。(出版=ひたかみ出版社 平成8年発行)

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