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(DIARY) 2019年1月~


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■さて、今年は
 年末に今年は「100年前の大川村」、それに「記憶に残る大川の風景など」を水彩で描いておこうなんて言いましたが、まだ何もしていません。

●「100年前の大川村」とは?
 じつは昨年春、家庭菜園用の管理機(一応ガソリンエンジン付きのカルチベーター)が故障して、豆畑のウネをクワで立てたのですが、3mもやると息が切れて一休みしては、
「松原の開墾地を父や母はクワとスコップだけで耕していたなあ」と思い出していました。あの頃はどこにもトラクターやユンボなどはなく、たいていはクワ一本の農作業でした。覚えているのは7、80年前のことですが、だいたい100年前も同じようなことだったろうと思うわけです。
 しばらく前から20世紀の100年は、人類にとって猛スピードの変革がなされた100年だったと思っていたので、何かの参考にならないかなあと思った次第です。
 映画、軽音楽、飛行機、電気の普及などなど、あらゆるものが100年ぐらい前から始まって急速な変化を遂げたと感じます。
 100年というと長いようですが、地球の歴史や人類の歴史から見ればほんの一瞬。この時代に生きたのが幸せだったかどうかは分かりませんが、その渦中にいた実感を記しておきたいと思った次第です。

●「記憶に残る大川村の風景」とは?
 私の場合、幼い時の記憶は主に長面・尾の崎の風景や行事ですが、写真に残っているのはごく一部で、あまりはっきりした記録はありません。
 印象に残っていることをおぼろげな記憶を頼りに描いてみようと思いました。ただ、絵心があるわけではなく、水彩も油も経験がないので、まず道具選びからです。
 記憶に基づく絵を描いてみたいと思ったのは、2016年の春に脳梗塞をおこしたとき、まともな思考はできなくなるだろうし文字も書けなくなるだろうから、絵でも描こうかと思ったのが初めです。ですから、ちゃんとした絵が描けるとは今も思っていません。落書きと思っていただければとおもいます。
 そのうち何か仕上がりましたら、見ていただきたいと思います。サイト内のどこかにコーナーを設けたいと思いますので、皆さまもぜひご参加ください。     (1/8)

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